留学記 (A01 菊地班 山口拓人 さん)

本領域では、「潜在空間分子設計」に関連する国際共同研究の促進と若手研究者の育成を目的に、大学院生の海外研究室への派遣を支援しています。今回、この制度を活用してスペインのカスティーリャ・ラ・マンチャ大学へ留学した大阪大学の山口拓人さんに、留学体験記を寄稿していただきました。

留学記

大阪大学大学院工学研究科 博士前期課程1年
山口 拓人

概要

 今回、本学術変革領域研究(A)のご支援をいただき、スペインのカスティーリャ・ラ・マンチャ大学へ約3か月間の研究留学をさせていただきました。留学先ではLlopis先生(Prof. Juan Llopis)の研究室に所属し、生理学の研究を行いました。この期間中、生理学実験の基礎やゼブラフィッシュを用いた様々な実験手法を学びました。本留学を通して、生命科学研究の意義や奥深さを再認識し、自身の研究への意欲がより一層高まりました。

留学への経緯

 私は学部1年生の際に受けた菊地先生の講義をきっかけに、生命科学分野の研究に興味を持ちました。そして、化学を用いて生命現象の解明を目指すケミカルバイオロジーの研究ができる当研究室に所属しました。所属後は研究の難しさを感じながらもやりがいを持ち、自身の研究や先輩方の研究を通してケミカルバイオロジーへの興味を深め、博士課程進学も視野に入れるようになりました。そんな折、菊地先生から今回の留学の機会をいただきました。私自身はカルシウムイオンに関連する化学研究を行っているのですが、留学先のLlopis先生の研究室では生体内カルシウムイオンの生理学研究を行っており、そのつながりを踏まえて今回の留学先を提案していただきました。この留学は化学以外の視点から自身の研究への理解を深めることができる機会だと考え、留学への意思を固めました。また、スペインという異国の地での研究生活を通して、自身の研究への向き合い方に良い刺激を受けられるのではないかと期待していました。

留学日程と準備

 留学期間は修士課程1年生の10/22から1/18の約3か月間でした。ビザが不要な90日間以内での留学になりました。前期のうちに修士課程卒業に必要な単位の多くを取得していたため、日本での単位取得への影響はほとんどありませんでした。
 航空券の予約等は研究室の事務員の方にサポートしていただきながら、航空券比較サイトを活用して行いました。宿泊場所に関して、留学先の大学の寮を利用することができるという話を、菊地先生を通してLlopis先生からいただき、比較的安価に確保することができました。また、留学中の保険に関しては、学研災付帯の海外留学保険を利用しました。
 渡航前にはLlopis先生とのオンラインミーティングを一度実施していただき、軽い自己紹介のほか、留学日程の確認や留学先での研究計画について話しました。また、メールでのやり取りを通して、事前に関連論文を読んで留学先での研究への理解を深めました。

カスティーリャ・ラ・マンチャ大学(UCLM) アルバセテキャンパス

 UCLMは、スペイン中央部のカスティーリャ・ラ・マンチャ州に4つのキャンパスを構える大学で、カスティーリャ・ラ・マンチャ州唯一の公立大学です。留学先であるLlopis先生の研究室はアルバセテキャンパスにあります。アルバセテはマドリードから電車で3時間ほどの位置にあり、スペインの国民的サッカー選手であるイニエスタの故郷として知られています。アルバセテは大きすぎず小さすぎない規模の町で、不便なく快適に生活することのできる街でした。
 Llopis先生の研究室は医学科に所属しており、周囲には附属病院が併設されていました。また、内部にはカフェがあり、昼食やコーヒーブレイクの際に利用していました。

研究生活

 Llopis先生の研究室では、ゼブラフィッシュを用いた心臓内ATP濃度動態の研究を行いました。ゼブラフィッシュを用いた実験の経験は一切なかったため、現地のポスドクの方に、ゼブラフィッシュの雌雄の区別といった基本的なことから、イメージングの手法まで、様々な実験操作を教えていただきました。
 研究では主に、ATP濃度分析のためのFRET型蛍光タンパク質を発現するラインの作成や、蛍光プローブを発現させたゼブラフィッシュ幼生のイメージングを行いました。しかし、交配させたゼブラフィッシュが卵を産まないことや、卵からうまく発達せずに死んでしまうことなど、研究を進めるうえで、生物特有の問題に直面することが多くありました。普段行っている化学合成と異なり、実験条件の変更などが必ずしも解決につながるものではないため、その難しさを強く実感しました。特に、遺伝子導入ラインを作成するためのマイクロインジェクションによる遺伝子導入は非常に困難でした。問題に直面した際は現地のポスドクの方に技術面のアドバイスをいただき、条件の検討を行いながら根気強く実験を繰り返すことで、最終的に遺伝子導入に成功しました。今回遺伝子導入したゼブラフィッシュが今後の研究で利用されることを考えると、大きな達成感がありました。ゼブラフィッシュの発達を待つ間などは他の方の研究を経験させていただき、心臓スライスの作成やその染色など、ゼブラフィッシュを用いた様々な研究を学ぶことができました。留学期間を通して、ゼブラフィッシュの発達の速さやin vivoイメージングの容易さなど、生理学研究に利用するにあたっての有用な点を強く実感しました。特に、心臓のイメージングやその解析を実際に経験できたことは大きな糧になるように思います。
 また、研究室生活では現地の方とコーヒーブレイクを毎日行っており、その際に研究の話を含め様々な話をすることで打ち解けることができました。普段はスペイン語でやり取りをしているようですが、英語を含めて話してくださり、とても助かりました。お互い異なる研究分野であるため、新鮮で良い刺激を受けることができたように思います。

研究設備

 ゼブラフィッシュの飼育は研究室内ではなく隣にある動物実験棟で行っていました。Llopis先生の研究室以外にもゼブラフィッシュを使用した研究を行っている研究室があり、そこと共同で利用しているようなのですが、ゼブラフィッシュ水槽がそのラインごとに非常に多く並んでいました。飼育や交配などは動物センターで行い、イメージング前後の操作は研究室で行うといった具合で研究を進めていました。

現地での生活

 留学中は前述のとおり大学の寮を利用することができました。寮は大学から徒歩15分程度であり、またスーパーマーケットも徒歩5分ほどと、非常に便利でした。ただ、スーパーなどでは必ずしも英語を使ってくれるわけではなかったため、簡単なスペイン語を覚えながら生活していました。寮にはコンロなどの自炊設備も整っており、生活に困ることはほとんどありませんでした。また、Llopis先生が炊飯器を貸してくださり、お米は持って行っていたので非常に助かりました。インターネットも通っており、現地での研究の下調べや日本の講義の課題などをする機会が多くあったため、デスクワーク環境が整っていたことは非常にありがたかったです。

 アルバセテはほとんど雨が降らず、とても生活しやすい町でした。ただ、大阪に比べて気温が低く、また、日の出の時間が8時ごろと日本に比べて遅いため、朝の登校時間などは非常に寒かったです。そこまで大きな町ではないため基本的に移動は歩きでした。他の町へ出る際は鉄道やバスが充実しており、特にバスは安価にマドリードまで出ることができて便利でした。アルバセテには日本人も所属している小さな日本語コミュニティがあり、縁があって集まりに参加させていただいたのがとても印象深かったです。留学期間がクリスマス休暇を含んでいたため、大学内にクリスマスツリーが出ていたり、クリスマスマーケットやクリスマスの時期のお菓子が街に出ていたりと、現地の文化を感じることもできました。

 クリスマス休暇を利用してスペイン国内を旅行しました。中でも、Llopis先生や研究室の方から勧められて訪れたスペイン南部の都市、グラナダが印象に残っています。グラナダには14世紀のイスラム建築、アルハンブラ宮殿があり、世界遺産にも登録されています。重厚感のある外観と、対称的に繊細で美しい内部の装飾が素晴らしく、スペイン南部のイスラム文化の痕跡を感じられました。異国の歴史や文化を肌で感じることができることも、海外留学の大きな魅力だと感じました。

留学を通して

 今回の留学では、ゼブラフィッシュを用いた生理学研究について多くを学ぶことができました。ゼブラフィッシュを用いた研究のメリットを実感するとともに、自身の研究の応用先として非常に有用であると強く感じました。また、自身の研究がこの分野にどのように貢献できるかを考える機会も多くあり、これまで以上に深く、そして発展的に研究について思考することができたと感じています。
 さらに、今回の留学では、自分の専門とは異なる分野の研究に触れることができ、研究の進め方や取り組み方について新たな刺激を受けました。留学期間中は、研究について学び、考えるための時間が多くあり、それによって初めて取り組む分野の研究を円滑に進めることができたと思います。現地の方々は、英語という普段あまり使用しない言語にもかかわらず、どのような質問にも丁寧に、適切に答えてくださり、その深い研究理解と熱意に強く刺激を受けました。研究に対して深く考え続ける姿勢の重要性を改めて認識し、今後も思考を重ねながら研究に取り組んでいきたいと考えています。
 この研究留学は、化学とは異なる研究分野に触れるという点でも非常に有意義でした。生理学を学ぶことで、生命科学の奥深さをより一層感じ、自身の研究へのモチベーションが大きく高まりました。また、現地の方との英語による研究的な対話を通じて、コミュニケーション能力の向上も実感しています。今回の留学で得た学びや経験を、博士課程を含む今後の4年間の研究活動に存分に活かしていきたいと思います。

謝辞

 改めまして、留学を受け入れてくださったLlopis先生、さらには留学を企画してくださった、本研究領域プロジェクトの領域代表である菊地和也先生および支援職員の方々に深く感謝申し上げます。
 最後に本留学について全面的な支援を賜りました学術変革領域研究(A)潜在空間分子設計に厚くお礼申し上げます