留学記 (C01 大森班 森下周一郎 さん)
本領域では、「潜在空間分子設計」に関連する国際共同研究の促進と若手研究者の育成を目的に、大学院生の海外研究室への派遣を支援しています。今回、この制度を活用してドイツ・ミュンヘン工科大学へ留学した東京科学大学の森下周一郎さんに、留学体験記を寄稿していただきました。
留学記
東京科学大学 理学院化学系化学コース 修士課程1年
大森・安藤研究室 森下周一郎
概要
今回、本学術変革領域研究(A)のご支援をいただき、ドイツのミュンヘン工科大学へ約2ヶ月間の研究留学をさせていただきました。留学先では、Hintermann先生(Prof. Dr. Lukas Hintermann)の研究室に所属し、新規有機化学反応の研究を行いました。この期間内に、新規反応について、自ら立案した研究計画に基づいて実験を行い、不明であった反応機構を明らかにすることができました。また、本留学を通じて研究への意欲と自信が芽生え、博士課程への進学を決意しました。
留学に行った経緯
学部4年生の時、学部時代に受けた大森先生の有機化学の授業をきっかけに天然物全合成ができる研究室に所属しました。所属後、実験に取り組む過程で博士課程を目指したいと思うこともありましたが、研究が難しいことが多々あり自信を失う場面もありました。一筋縄では解けない課題に直面しつつも研究を継続していたところ、大森先生から留学の機会をいただきました。私は、天然物の全合成以外の視点でも研究をしたいと思っていたため、人生初の留学に挑戦することにしました。また、進路にも悩んでいたため、留学を進路について考える上でのきっかけにもしたいと思いました。
日程
留学期間は、修士課程1年生の10/10から12/10の2ヶ月間。科学大が4学期制のため、授業や卒業単位取得への影響はほとんど無く、また留学による休学や在学期間の延長手続きも特に行う必要はありませんでした。
留学前の準備
今回の留学では、宿泊地や航空機予約などを自分自身で行いました。全く知らない土地に生活基盤を敷くことは初めてでしたが、民泊仲介サイトや航空券比較サイトを活用しました。また、大森先生が留学先ミュンヘン工科大学のHinterman先生を紹介してくださいました。その後は、Hinterman先生と電子メールで数回ディスカションを行い、留学先で行う研究テーマに関して、先行する関連研究を調査しました。事前に論文を読んで研究計画を立てられたので、留学先では時間を有効に使うことができました。
ミュンヘン工科大学
ミュンヘン工科大学は、ドイツ南部のミュンヘンに位置する大学です。ノーベル賞受賞者を19人輩出しておりヨーロッパ工科系大学でもトップクラスの名門校です。キャンパスは、ミュンヘン中心部を含めて3箇所にあります。私が所属した化学科のキャンパスは、ミュンヘン中心部から電車で30分ほど離れたガーヒン地区にあります。ガーヒンは住宅地のためスーパーやバスが充実しており暮らしやすく、研究に集中できる環境でした。
私は化学科に所属し、catalysis research center(CRC)という研究所に行きました。CRCは有機、無機、分析系の複数の研究室があります。約10年前に立てられた建物のため、実験設備が新しく、実験に集中して取り組める環境でした。
研究生活
まずは、実験に必要な試薬や原料となる化合物の合成から取り組みました。日本とドイツではガラス器具の形が違ったり(日本は卵形、ドイツは球型)、ドイツ語で実験器具の場所が書かれていたりと慣れないこともありましたが、現地の学生に教えてもらいながら実験を始めることができました。時間に限りがあったため、試薬の合成方法の最適化はできませんでしたが、なんとか必要量の試薬等を準備することができました。その後、いよいよ本テーマである新規反応の開発を行いました。まずは、文献に記載されている化合物の合成を試みました。幸いなことに実験を始めてすぐに上手くいき、得られた化合物のNMRは文献のそれと一致しました。しかし、ここで1つの疑問が湧きました。それはこの化合物が、はたして論文に記載されているとおりの分子構造をもっているのであろうかという疑問です。文献に記載されている構造は、見た目にも非常に不安定な構造をしているように思えますが、私が手にした化合物は思ったより安定でした。そこで、古典的ではありますが元素分析やX線結晶構造解析を行い、構造を確かめることにしました。測定の一部は他の研究室の設備をお借りして行いました。その際は、現地の学生と懸命にコミュニケーションをとり、ドイツ語でのやりとりを含め、様々な支援をしてもらいました。測定の結果、分子構造が文献とは全く異なることが分かりました。しかし、今回明らかにできた構造に含まれる官能基は、優れた脱離基としてあらたな反応の開発に利用できる可能性を秘めていました。本研究では、分子構造の訂正をしただけではなく、合成化学的に興味深い構造を持っていることを明らかにできたので、大きな達成感を感じました。
上記のようにして構造訂正を行った後は、この化合物を利用したヘテロ環化合物の新規反応の開発を行いました。最初は、Hintermann先生のアイデアで始めた実験ですが、新規反応における反応機構を自身で考えた実験によって解明することができたことに、大きな達成感を感じました。
また、研究室では、他の学生が取り組んでいるテーマについて話し合う場面も多くありました。ドイツは日本と異なる教育制度で、修士課程の学生に関しては日本の学生の方が研究室で実験を行う時間が長いため、実験操作に関しては、私がアドバイスや実験の提案をすることもあり、お互いに学び合うとても良い雰囲気でした。
実験設備
CRCは研究設備が充実しています。実験をはじめて驚いたのは、作業スペースの広さです。実験台とドラフトをそれぞれ一列使うことができました。2ヶ月間という限られた期間でしたが、同時に複数の実験や作業が行えて、すごく助かりました。また、実験スペースとデスクワークスペースがガラスで区切られており、衛生環境もとても配慮されていました。
また、NMR装置や質量分析装置といった、有機合成を行う上で必要不可欠な分析装置も、ほぼ待ち時間なしで使用できました。
セミナー
週に1回、午前中は研究室の学生と先生が集まり、反応機構の演習問題、進捗報告、論文紹介を行いました。毎回、研究室メンバーがお菓子を持ってきてくれて、コーヒーを飲みながら学習します。発言しやすい空気があるからこそ、基本的な内容を見落とさずに確認ができ、活発なディスカッションができます。セミナーでは、日本に比べて先生と学生の距離の近さを感じました。報告会では学生の研究内容について知り、高極性の化合物などを取り扱いの難しい化合物を扱っていることが刺激になりました。
また、Hintermann教授は、20年ほど前に大森研究室の前身となる鈴木啓介先生の研究室にポスドクとして所属されていました。そのため、20年前と今の研究室生活の相違点について会話がはずみました。
ミュンヘンの街並みの紹介
ミュンヘン市内には、バスや地下鉄やトラムがたくさんあり、これらを利用することで通学や買い物、観光地などを訪問できます。ただし、日本に比べて遅延や運休に見舞われるので余裕を持って計画することが大切です。ミュンヘンには、大聖堂や美術館や博物館、ビアホールなどがたくさんあります。休日には、街の中心部に出かけました。また、11月下旬からはクリスマスマーケットも開かれており、ヨーロッパの文化も味わうことができました。
住居
今回の留学では、ホテルとシェアハウスを併用して生活しました。ホテルは自炊等も問題なく行えました。シェアハウスでは、住人から家庭用の家電が使えたり、周囲の交通について話が聞けたりするメリットがありました。また、ドイツの大学は閉門する時間が日本に比べて早いので、帰宅してからデスクワークをすることが多々ありました。そのため、家で勉強をする環境が整っていたことはとても良かったです。
留学の前後における自身の成長
留学中に実験をする際に、日本の研究室で色々な化合物を取り扱ってきた経験を活用でき、実験を思ったよりも順調に進めることができました。色々な特徴を有する化合物を取り扱う経験が、テーマや研究室が変わった時に、とても大切になると身をもって体験したため帰国してからも引き続き実験に力を入れていきます。
また、留学では日本語で気軽に話せる学生がいない環境で新しいテーマに取り組んだので、いつも以上に詳しく調べました。そのため、主体的に研究を計画する力や課題解決力が身についたと思います。
また、学生が主体的に研究を進めている姿勢にとても刺激を受けました。1つ1つの実験や操作も、背景知識を理解してから行っているため、質問をすると丁寧に解説をしてくれます。ドイツは学部・修士課程の学生は授業の時間が日本よりも多いため、現在取り組んでいる研究分野とは直接関係のない科学の知識も有しており、私も教科書内容をもっと学ぶ必要があると感じました。また、何事に関しても挑戦に対して前向きに捉えており、日本に比べ博士進学する学生が多いことにも刺激を受けました。
今後について
修士学生の時点にて、留学先にて研究活動したことは、今後の進路を考える上で非常に貴重な経験でした。日本とは言語などの文化が異なる場所においても、科学の話題で会話が弾む経験を得られたことが、最も印象に残っています。留学によって、研究へのモチベーションが高まり、博士課程への進学を決意しました。また、研究室に留学生がいるので、留学の経験を生かし積極的にディスカッションなどの交流をしていきたいです。
謝辞
改めまして、留学を企画してくださった大森先生、留学を受け入れてくださったHintermann先生、さらには本研究領域プロジェクトの領域代表である菊地和也先生および支援職員の方々に深く感謝申し上げます。
最後に本留学について全面的な支援を賜りました学術変革領域研究(A)潜在空間分子設計に厚くお礼申し上げます。